りんごのうえん

反資本主義、反家父長制

『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』への批判まとめ

わたしがインターネットを通して見つけた批判テキストや動画へのリンクを、ここにまとめておきたいと思う。
※このブログでは、できるだけヘイトスピーチを引用しないようにしているが、本書の内容が内容なため、各自ご注意ください。

(3.11追記)本書の表紙が当事者にとってヘイトフルであるという指摘から、表紙が表示されるものにも注意喚起をつけました。

アビゲイル・シュライアー著『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』は、2020年にアメリカで刊行されて以降、専門家や当事者などから数多くの批判や指摘を受けていることがわかる。
とりわけ、本書の核となっているROGD(Rapid-onset gender dysphoria)について、科学的根拠に乏しいという批判が多いようだ。“ROGD”、一見するとなにやら医学的な用語だと認識してしまいそうになるが、実はまったくデタラメな概念であると指摘されている。

  • KADOKAWA出版予定だった本の6つの問題。専門家は『あの子もトランスジェンダーになった』は誤情報に溢れていると指摘
    https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_65792b28e4b0fca7ad228fef
    ⚠表紙注意。日本語。
    ジャック・ターバンという医学博士による指摘。どこが誤情報であるか、端的にまとめられている。
  • The Science of Transgender Treatment
    https://sciencebasedmedicine.org/the-science-of-transgender-treatment/
    英語。
    このScience-Based Medicineによる批判記事は、有志のかたによって英文から日本語に機械翻訳されたものがアップされている。以下にリンクを貼っておく。
    https://crowclaw-2.hatenadiary.org/entry/2022/01/07/040450
  • 『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の内容について
    https://note.com/nkaiho/n/n4db3fa22a2f0
    日本語。
    実際に読んだ者による感想
  • SNSによって性別違和が「伝染」するという主張(Rapid-onset gender dysphoria、ROGD)について
    https://herve-guibertlovesmovies.hatenablog.com/entry/2023/12/06/232911
    日本語。具体的な数字や引用元が上がっているので、比較的わかりやすいかと思う。
  • CAAPS Position Statement on Rapid Onset Gender Dysphoria (ROGD) 
    https://www.caaps.co/rogd-statement
    英語。CAAPSによる、RODGに対しての声明
  • 波紋広げた研究論文、トランスジェンダー伝染説はいかにして利用されたか
    https://www.technologyreview.jp/s/285249/how-the-idea-of-a-transgender-contagion-went-viral-and-caused-untold-harm/
    日本語。アビゲイル・シュライアーが本書を書くにあたり参考にした「ROGD(急性性別違和症候群)」をめぐる論文は科学的根拠に乏しい、という指摘。全文を読むには会員登録する必要がある。
  • Breaking Down Rapid-Onset Gender Dysphoria
    https://youtu.be/JoiPJc7zsJM
    ⚠表紙注意。英語。
    心理学の博士号を持つでもあるトランスジェンダー男性のジェイミーが、ROGDがいかにデタラメであるかを解説している動画。
  • Transphobic Book Targets Me & Other Trans Creators, LGBT YouTubers Promote It
    https://www.youtube.com/watch?v=B5kkg90rL1M
    ⚠表紙注意。英語。
    本書に勝手に取り上げられてしまった、Ty Turnerによる動画。
    「学術的な立場からの批判は他にも上がっているが、勝手に登場させられたトランス当事者の立場から、特に本書の『インフルエンサー』という章に言及している」と、動画冒頭で説明されている。また、「この本は読むべきではない」と、強く批判している。Googleでも検索しないほうがいい、検索するなら注意喚起を付けるべきである、皆がこの本を読みたいわけではない、本書で取り上げられている他のインフルエンサーに言及することには注意せよ、との注意喚起もある。
    動画によると、本書では他にも複数人のトランスマスキュリンなインフルエンサーが取り上げられているが、著者は彼らのことを一貫して「She」と呼んで“女の子” 扱いしているとのこと。また、見た目や声などに執拗に言及し、彼らについて「いかに女性的に見えるか」を書き綴っているようだ。わたしは、この動画を観たかぎり著者の態度が嫌がらせだとしか思えなかった。
    たとえば、Ty TurnerのTwitterのプロフィール(https://twitter.com/skeletyturner)には、代名詞は「he/him」と書かれている。本人の呼ばれたい代名詞をシカトして、著者の呼びたいように呼ぶことは、不誠実な態度ではないだろうか……?
  • apology for transphobic book involvement
    https://www.youtube.com/watch?v=weL18325rTs
    英語。
    著者から本のタイトルなど何も知らされないままインタビューを受けてしまった者による動画。著者の経歴などを調べずにインタビューを引き受けてしまったことに対し責任を感じているようだが、わたしは、著者のインタビュー方法にも問題があったのではないかと考えている。
  • トランスジェンダー差別助長につながる書籍の刊行が中止に
    https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/12/27.html   
    この記事では、2023年12月にKADOKAWAが刊行告知をしてから発売中止を公表するまでの間に、市民の側でどのような抗議があったかが分かりやすくまとめられていると思う。このブログで紹介している他のリンクも記載されていたりする
  • The "Irreversible Damage" Of Transgender Puberty Blocker Legislation
    https://youtu.be/pvqGKNrLKZQ?si=uhXcgVkm4oVLA-63
    ⚠表紙注意。英語。
    この動画では、4つのパートに分けて本書を批判している。
    1、ROGDはトンデモ理論
    2、未成年に不可逆的な手術を薦めるトランスインフルエンサーっているの? 多くのトランスインフルエンサーは、思春期ブロッカーの必要性を説いている。思春期ブロッカーは安全であり、可逆的なものである。思春期ブロッカーでモラトリアム的な期間を作りつつ、本人が大人になって充分な判断力が付いてから性別適合手術をするべきだという意見が大半だろう。また、性別適合手術の後悔率は、他の美容外科手術と比較しても優位に低い。
    3、本書ではトランスパーソンを非人間化して扱っており、非常に問題である
    4、まとめ。この本は有害である。著者のアビゲイル・シュライアーへの人格攻撃をしたいわけではなく、本の内容についての批判をしたい。
      • “Irreversible Damage”への反論まとめ

        https://sykality.wordpress.com/2024/03/10/irreversible-damage/
        Sykalityさんによる反論のまとめ。当ブログも言及されている。こちらでは取り上げていない論文なども記載されているので、ぜひこちらもご参考にされてください。

他にも、批判や指摘のテキストや動画などが見つかり次第、随時情報を更新していきたいと思う。

【3.11追記】
記事や動画に対し、自分のコメントを追加。表紙が出てくる記事に注意喚起マークを付けた。
また、sykalityさんによる反論まとめのリンクも追加させてもらった。

KADOKAWAが出版中止した書籍を、産経新聞出版が再登場させようとしている

2024年1月24日にKADOKAWAから出版予定だったアビゲイル・シュライアーの著書『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』の日本語版『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が、2023年12月5日、突如販売中止となった。(※1)

発売中止を受けて、バックラッシュが起こった。
KADOKAWA ヘイト本」などのワードでインターネットを検索すると、反トランスの立場から「抗議で出版中止に追い込むのは言論弾圧である」などの論調で書かれた記事が目立つ。
そもそも、言論の自由とは国家権力からの自由であり、検閲を受けることなく思想を表明する自由のことであるはず。

社会で周縁化されている者への憎悪を扇動する本が、人民の抗議によって出版中止になったことを、あたかも「言論弾圧」であるかのように言うことは、社会構造を誤認識させてしまったり、マイノリティの立場からの抗議を萎縮させてしまったりしかねない。

この記事を執筆している2024年3月5日時点においてもなお、KADOKAWAは出版中止に至った経緯等の詳細を語っていない。
KADOKAWAが2023年12月5日に発表した 『学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ』(※2)というステートメントによると

 

来年1月24日の発売を予定しておりました書籍『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の刊行を中止いたします。

 

刊行の告知直後から、多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。

本書は、ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません。

 

皆様よりいただいたご意見のひとつひとつを真摯に受け止め、編集部としてこのテーマについて知見を積み重ねてまいります。

この度の件につきまして、重ねてお詫び申し上げます。

以上である。


どういった理由でKADOKAWAが出版中止を決めたのか、いまいち伝わってこない。
「刊行を中止いたします」ということ、「多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。」ということは書かれているが……。
トランスやノンバイナリーへの憎悪を煽動する言説においては「トランスパーソンやそのアライの者たちからの抗議が殺到したことによって出版中止に追い込まれた」というような図式が描かれてしまったようである。

 

本件については、ロマン優光さんが実話BUNKAオンラインで書かれていた指摘(※3)
がもっともだと感じたので、以下引用させていただく。

ああいう感じで発売中止にすることで、自称「保守」やトランスヘイターにキャンセルカルチャーだと騒ぐキッカケを与えたし、過程や背景を考えずに焚書などと言いだす雑な人は出てくるし、翻訳者は無駄な仕事をさせられたし、会社は損するし、いい加減な幕の引き方にしたって、ほどがあるだろう。

わたしは、KADOKAWAに対し、特に下記の点について説明を求めたいと思う。


・「ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと」考えていたようだが、欧米でのどのような事象を通して、どのような“議論” を深めたいと思ったのか

・2024年1月24日に発売予定だった書籍を、2023年12月5日になって急に取りやめたのは、どういった理由からか

以上、しっかりと説明していただきたい。

 

2024年3月4日。
KADOKAWAで販売中止になった本書籍を産経新聞出版が刊行すると発表(※3)
した。
(ちなみに産経新聞といえば、産経新聞といえば、バックラッシュの渦中にこんな記事(※4)やこんな記事(※5)などを出している。トランスやノンバイナリーへのヘイト発言が出てくるので、リンク先閲覧注意です。
どちらの記事も、奥原 慎平さんという記者が、千田有紀さんと島田洋一さんにそれぞれ話を伺うという形で書かれている。

今回、産経が刊行にあたって“あの“焚書”ついに発刊” という煽り文句を使ってきた。
人民の側からの抗議を、「焚書」という言葉を使って、あたかも権力者からの言論弾圧であるかのように言うことは、事実を誤認させる。

事実誤認と言えば、書籍の内容も、誤情報が多いようだ。医学博士のジャック・ターバン氏の指摘(※6)は、日本語で読める。
また、トランス当事者が書籍の問題点について語る動画(※7)も、YouTubeに上がっている。

2020年にアメリカで発売されて以降、取材対象の選定に偏りがあるのではないかといった指摘や、そもそもデータを読み違えているのではないかといった指摘が上がっているようだ。

著者のアビゲイル・シュライアーさんについては、こちら(※8)をご参照ください。

 

わたしは、マイノリティへの偏見や蔑視を強化し、憎悪を煽るような本は出版すべきではないと考えている。

日本では既に、中国や韓国、アイヌ被差別部落など、様々なマイノリティをターゲットにしたヘイト本が溢れてしまっている。
社会的に脆弱な立場に置かれた者への憎悪煽動は、ジェノサイドに繋がりかねない危険な道だ。社会が不安定になる。まず、なによりも、個々の尊厳が守られるべきだ。

憎悪がビジネスになってしまっている現状を、深く憂う。
いや、憂いてばかりはいられない。わたしたちの手で、憎悪の連鎖を断ち切ろう。
わたしたちならできると、信じている。

 

参考資料
(※1)2023年12月6日 OUT JAPAN
トランスジェンダー差別助長につながる書籍の刊行が中止に
https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/12/27.html



(※2)2023年12月5日 KADOKAWA
学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ
https://www.kadokawa.co.jp/topics/10952/

(※3)2023年12月8日 実話BUNKAオンライン
あの子もトランスジェンダーになった』発売中止騒動を考える:ロマン優光連載269
https://bunkaonline.jp/archives/3197

(※4)2023年12月6日 産経新聞 
ADOKAWAジェンダー本の刊行中止「抗議して委縮させるのは卑怯」 武蔵大の千田有紀教授
https://www.sankei.com/article/20231206-3KFCAMLHYJGPZLDG4UDXYPYAHM/

(※5)2023年12月9日 産経新聞
ADOKAWAジェンダー本中止「伝統社会切り崩す人の不都合な真実島田洋一
https://www.sankei.com/article/20231209-GKMAV23EWJD6TBJJPGGH2KQ5LY/

(※6)2023年12月25日 ハフポスト
KADOKAWA出版予定だった本の6つの問題。専門家は『あの子もトランスジェンダーになった』は誤情報に溢れていると指摘

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_65792b28e4b0fca7ad228fef

(※7)2020年9月13日 Ty Turner
Transphobic Book Targets Me & Other Trans Creators, LGBT YouTubers Promote It

https://youtu.be/B5kkg90rL1M?si=GSQKKUCydOedp9It

 

(※8)Updated: April 21, 2023 Abigail Shrier Wall Street Journal Opinion Columnist

https://glaad.org/gap/abigail-shrier/


【追記】
このような感想も、ネット上で見つけた。取り上げるつもりでいたにも関わらず失念してしまっていたので、ここにリンクを貼っておく。

このブログ主は、本書を読んだうえで

全体的には「昔は性の乱れがなくて良かった」というだけの話であって、その根拠は著者の主観である(なお著者はジャーナリストであり医者や、医学研究者ではない)。根拠となる注等にも専門書や論文は、ほとんど含まれておらず、様々な間違いが指摘されている。

 

 

と評している。

 

2023年12月6日  あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の内容について

https://note.com/nkaiho/n/n4db3fa22a2f0

 

 

最近読んでモヤモヤした記事を紹介します

うーん、この…

 

 

フランス人が日本人の働き方に感じる「恐怖」 「忙しいこと」がなぜステータスなのか | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン

 

 


1番モヤモヤしたのは、この部分

 


“一方、フランス人に足りないのは「仕事にプライドを持つ」ということだ。フランスでは残念ながら、社会階級と同様で、仕事階級というようなものが存在する。いい大学を卒業し、大手企業でいい肩書を持って働く人と、学歴の低いパン職人では、社会的には別のレベルと見なされてしまう。フランスに住んでいた日本人の美容師が、「日本だったら美容師は経験を積めば給料も上がるし、キャリアアップできるが、フランスでは職人は一生給料がほとんど変わらないし、社会的にあまり認められてないから苦しい」と話していた。

日本では、どんな職に就いている人でも(自分の地位にひそかに苦しんでいるかもしれないが)、フランス人の私から見ればプライドを持って仕事をこなしているように見える。たとえば、日本ではトイレの清掃員も笑顔で、感じがものすごくいい。実は、これにはフランスから来た観光客も驚いている。

一方、フランスはどうか。フランスでは、清掃員や大工、工場ラインの作業員など、必ずしも学歴を必要としない仕事は、フランスでは移民、もしくは移民の子孫がほとんどという状況になっている。社会的地位が低く見られていることもあって、プライドを持ってこうした仕事をしている人に会うことはそんなにない。”

 


技能職やエッセンシャルな仕事を移民労働者の労働力に依存しておきながら社会的地位や給与や待遇は低いままに扱う社会構造の問題を「フランス人はプライドを持って仕事していない」って纏めるのは、どうなんだろう……。

 


「海外から見たジャパン」系の話って、西欧や北米のエスタブリッシュメントやエリート層が書いていることが多くて、「やっぱり社会的な構造として白人エリート層が中心になりがちなんだなぁ」と、思ったりする。

虫歯が悪化している中でTwitterが凍結され、抜歯後も苦しんでいる話。

数年前から反トランス差別を軸に、あらゆる差別や搾取に反対するという意気込みで運営していたTwitterのアカウントが凍結された。

そもそもイーロン・マスク体制になってからのTwitterには完全に失望しており、ここ数ヶ月は低浮上だったため思ったよりもショックを受けていない自分がいるのだが、Mastodonへの移行を先延ばししていたがために、フォロワーさんとのゆるい繋がりが失われてしまったことは悔やまれる。

Twitterが使えなくなっても、私はこのブログやMedium、Tumblrなど複数の媒体にアカウントを持っているので、どこかしらで発信することができる。それは非常に恵まれていることだと思う。この特権性を社会のために還元したいと思う。

Twitterでは社会問題について、色々と発言してきた。

精神障害者であったりセクシュアルマイノリティであったりというマイノリティ性を持つ私が日常生活を送る上で感じた社会への疑問や不満、あるいはニュースやエンタテイメントを見て感じた政治や創作物への批判など、ちょっとしたことを短文で気軽に投稿できるTwitterは優れていた。

その反面ログがすぐに流れてしまうので、ある程度まとまった形で文章に残す必要性というのも感じていたためこのブログやMediumで、Twitterで呟いたことを纏めたりもしていた。

ちなみに、なぜ私が社会の批判をするかというと、それが自分の責任であると思っているからだ。

この社会で排除されている私でも、こうして文章を書いて発信できることは一つの特権である。その特権を、社会のために還元したい。社会を批判するのは、より良い社会にしたいからである。より良い社会とは、より多くの尊厳や人権が尊重される倫理的な社会のことだ。

そもそもこの社会には批判が足りていない、社会で上手くやっていけない人たちは黙らされて見殺しにされる、それじゃ社会が変わらないままだ、社会への批判をしていかないと何も変わらない、明らかに差別や搾取の構造そのままの社会で黙って現状維持に加担することこそ無責任な態度だーー そんな考えから、私は社会や体制への批判を続けている。

こうして声を上げることで、すぐに何かは変わらなくても、小さな草の根にでもなれればと思うのだ。

一度始めると時間があっという間に溶けてしまうTwitterが垢バンされたから、じゃあ今までTwitterに費やしていたコストをブログや創作を書くほうに割けますね…… と思っていた矢先、虫歯が悪化してかなりの痛みとなった。

もともと虫歯で歯医者には通院していたが、歯医者の夏季休業期間中に一気に悪化したのである。

歯の痛みで、何も考えられない。

歯が痛すぎて、何もできない。

虫歯が進行しており抜歯するしか手段が無いと言われ、かなり恐ろしかったが抜歯することにした。

真の痛みはそこからだったーー

 

面倒な批判を切り離せる特権について

昨日の記事で言及した炎上案件について、Twitterでの反応などを見ていたら、ファンダムの暴走が酷い。私のツイートにもクソ引用やクソ返信が来た。とにかく、批判者へのバッシングが加熱している。

この件への批判者を、一人残らず叩き潰そうとでも言うのだろうか。そんな意気込みを感じてしまう。暴走しているのは、件の声優のファンだけではないだろう。本件に便乗して批判者を叩いて回っている層が、一定数いるのだと考えられる。

一つ、印象的な引用をもらったので紹介しておこう。

うるうせえめんどくせえ。
自分たちがオタクと同じ汚物だという自覚が足りてない。 https://t.co/ucJWNmNgAl

— 咲本 (@sakimoto_nihon) 2023年4月2日

 

とにかく「うるせえめんどくせえ」← この一言に尽きるのだろう。

面倒なことを考えずに、気軽に娯楽を楽しみたいという気持ちは分かる。しかし、マイノリティは、気軽な娯楽であるはずのコンテンツにすら踏まれる。作品や、演者や、他のファンからマイクロアグレッションやヘイトを受けることが多い、今回の問題のように。

 

オタクと呼ばれる層が、批判者を自分たちの集団から排除し、敵/味方と分かりやすい虚偽の構図に書き換えるさまも観察できた。「件の声優さんや、その出演作品のファンとして批判しています」といった発言に対して「お前は本当にファンなのか」などとジャッジするようなことを言ったり、上から目線な態度で詰め寄ったり。こうして批判者を排除して、「うるさいことを言うあいつらは敵だ」と、攻撃しているのだ。
批判者をバッシングする人たちは、批判者のほうが総攻撃を仕掛けてきたかのように物を言う。実際は、批判者の多くは各自、足を踏まれたことに怒っているだけだ。今回、炎上を仕掛けてきたのは、声優とそのファンダムだ。

 

みんな自分が生き延びることで忙しいし、疲れきっているのだろう。推しを消費する以外、何も考えたくないという気持ちは分かる。社会への批判や自分の特権性についてなど、考えたくもないという気持ちはよく分かる。

うるさいことや、めんどくさいことを考えずにコンテンツを楽しめるのは特権だ。その特権性は、認識してほしい。

自分たちの存在する社会がどういう構造になっているか、どういった差別構造に加担してるか、どんな特権性を持っているか、少しは考えてほしい。自分が何の上に立って、何を消費しているのか、客観的に振り返ることをたまには意識してほしい。

女性やクィアなどのマイノリティは、多くのマジョリティにとっては安心して消費できる存在であってほしいのだろう。差別された側のマイノリティ側の意見でも「自分は差別だと思いませんでした」「これくらい全然大丈夫です」と言うものだけが拾われて、「これは差別だ」と批判する意見は叩かれたり、無視されたりする。

同性愛をネタに使うなと言う批判に対し「せっかく取り上げてやったのに」「そんなこと言われたら、腫れ物扱いしかできなくなる」との攻撃が、Twitter上に溢れている。

ヘテロ/非ヘテロの軸で、ヘテロ(とされる側にいる人びと)が、非ヘテロをネタにしたことで批判され逆ギレするさまは、女性差別やセクハラに対して怒る女性に「せっかく好意を示してやったのに」「男に相手してもらえなくなるぞ」と言い放つ男性を連想させる。ヘテロ/非ヘテロ、男性/非男性の軸以外でも、このような事象が起こるだろう。

 

私などがうるさく批判したところで、社会や公式が相手にするのは、批判しない層や、批判の声を潰す層だ。残念だけど、それが現実だ。「ポリコレうるせえ」なんて言っちゃう層のほうが、客として相手にしやすいのだろう。

そんな客を相手に商売しているのだから、次もまたどこかで、同じような炎上騒動が起こるだろう。

日本は賃金が低いうえに労働時間が長く、求められる仕事のクォリティは高い。人民を賃労働や家事労働で疲弊させ、分断統治しておけば、権力は安泰というわけだ。アニメかなんかのエンタメは、人びとから金を搾り取るのにも、プロパガンダに使うのにも都合が良い。


私の好きな作品の一つである『ラブライブ‼』は、おそらく反ポリコレ層がメインターゲットであろう。露悪的な表現は少なめだが、中立を装うことは、差別構造がある現状への加担である。

スパスタの3期にも、虹学の映画にも、スクフェス2にも、なんの期待もできない。

「次はどんな手口でクィアベイティングしてくるのだろう」「どんどん露悪的になっていくのでは…」と、恐怖さえ感じている。

おそらく、オタクと呼ばれる層の大多数からは「嫌なら見るな」と叩かれるだろうし、多くのフェミニストからも「なぜ観るの?」と言われるであろう。自分でも、こんな苦行になぜ挑むのか、正直よく分からない。推しキャラへの愛と引き換えに、自分の尊厳を売り渡しているような気がする。

アニメを観たり、ゲームをしたりする余力があるのなら、社会学の本の一冊でも読んだほうがいい。そう、自分に対して思ったりする。

クィアやGLといったテーマの映像作品を観るにしても、もっと良質なものはたくさんある。

クィアベイティングにならないよう配慮されていたり、製作の意思決定の場にクィアや女性が複数名いたり、マイノリティをエンパワメントしてくれたりするような作品は、他にもたくさんある。

ただ、私は二次元のキャラのほうが安心して消費できるし、可愛い女の子の表象が好きだし、推しキャラや推しCPへのときめきを感じて生きていたいと思うので、今後も消費するだろう。そうしてたまに批判して、それでバランスを取っている。しかし、本当にそれでいいのだろうか。推しを人質にとられているような気がする。

よく考えているのは、この性差別的な社会で、自分が'若い''可愛い'といった記号を付与されている女性の表象を消費することが、何への加担であるのか、ということだ。自分の萌えが、どのような性差別に基づいているのか考えている。
差別的な表現のあるコンテンツが好きだと公言することも、良くない気がする。ただ、公言しないと批判できないこともある。自身の良心への苛責がある。

一方で、可愛い女の子を好き勝手消費しても許されがちなシスヘテロ男性や、そんなシスヘテロ男性を批判すれば事足りるといった態度のシスヘテロ女性に対しても、思うところがたくさんある。消費することに抵抗を感じないでいられることへの、嫉妬や羨望もある。
「男性中心/異性愛中心の社会に消費されがちな存在である自分が、男性中心/異性愛中心のコンテンツで若い女性の表象を消費している」というこの心理を、まだ上手く言語化できていない。この葛藤と付き合っていく方法も、よく分かっていない。


とりあえず、まだまだ批判が足りていないので、今後も声を上げようと思う。マイノリティである誰か、特に若い人たちに「社会を批判してもいいんだ」「踏まれたら怒ってもいいんだ」「差別や貧困は自分の責任ではない」と、少しでも思ってもらえたら、少しは罪滅ぼしになるのだろうか。

 

注)冒頭で、4/2の記事を指して「昨日の記事」と言っていますが、投稿日は4/4です。4/3にこの記事に取りかかったのですが、書いているうちに日付が変わってしまいました。

 

百合営業は、もうたくさん。

ヘイトスピーチを引用して、批判しています。閲覧注意してください。

 

このニュースを見て、正直、またかという気分になっている。

www.sponichi.co.jp

 

毎年、同じような'炎上'を見ている気がする。これがデジャヴであってくれたなら、どんなに良かったことか。

ファンの擁護も酷い。
上記リンク先のスポニチ記事にも

“ファンからは「僕はびっくりしましたがほっこりしましたよ」「個人的には『仲いいんだな~』としか思わなかった」「なんで怒られてるのか謎」「全くもって不快になんて思ってません」「むしろ仲が良くて微笑ましいくらいだと思った」「そんな言葉は気にしなくて大丈夫ですよ!」「エイプリルフールに冗談も言えない世の中」「謝る必要性を感じない」との声が寄せられている。”

と、ある。

マイノリティの当事者ではない人が、ネタとして消費できる社会構造が問題なのだ。しかしマジョリティは社会の構造や自分の特権といったものには向き合わず、ただマイノリティを消費して、お祭り騒ぎしたいだけのようだ。

私が本件をTwitterで批判したら「あなた方みたいなのがいるから余計に差別を産んでいるんですよ」などと言ってきたアカウントもあったので、私の引用コメント付きで紹介しておく。

 

一方、日刊スポーツの方には批判のコメントも載せられていた。

 

なぜ、女性の同性愛はこのような消費をされやすいだろうか。

背景に、社会の女性蔑視、同性愛蔑視、女性同性愛蔑視があることは間違いないだろう。

異性愛や男性が中心の社会で、同性愛や女性は周縁化される。女性同性愛と男性同性愛で扱いが異なるのは、男/女のジェンダーによる不均衡があるためである。

女性の性的主体性が無視されがちな社会では、女性間の性愛や性行為も客体化される。

女性の同性愛は、家父長制やヘテロ男性にとっては、あくまで取るに足らない存在であると思われているのだ。

今回、女性声優二名がこのような’ネタ’ に走った背景には先ほど述べたような性差別の構造があり、更に、それに乗じて女性のアニメキャラや女性アイドルたちに百合営業させる日本のエンタメ業界の問題もあると思う。

 

百合営業の問題についてはこちらの記事や、こちらでも触れているが(そして、まだまだ批判を書ききれていないので、今後もどしどし書き足すつもりだが)正直「またか」と、ウンザリしている。女性の性的主体性が蔑ろにされる表現や、女性の性愛が取るに足らないものだという表現が、日本社会には満ち溢れすぎている。

 

百合営業というクィアベイティングに慣れきった日本のエンタメファンが、女性の同性愛関係をネタとして扱った声優のツイートを面白がるというグロテスクな構図。あまつさえ、声を上げる当事者を「差別の元凶」呼ばわりする者さえも現れるのだから、逆張りもよいところである。

 

この社会では、女性はあくまでも客体化されがちな存在である。男性以外のジェンダーの人は客体化されがちである、と言ったほうがより適切かもしれない。

社会から客体化されがちな女性同士の性愛は、取るに足らない存在であると思われがちだ。男性の同性愛が家父長制社会を脅かす存在であるかのように脅威されることとは対照的に、女性の同性愛は無視してもいい存在だと思われている。端的に言うと、ナメられている。

女性同士の性愛は、家父長制からたっぷりと恩恵を受けられる人たちが安心して楽しめる'ズリネタ'扱いだ。

女性同士の性愛をズリネタ扱いするのは、シスヘテロの男性だけではない。

今回のように、女性(として扱われている人)ですら、安心して消費できるネタであるかのような扱いをする。

 

私は、GLや百合が大好きだ。しかし、女性同士の性愛がネタや客体としてしか扱われず、そのことへの批判すらも許されないのであるならば、もう百合萌えなんか要らないと思う。

 

※「女性の同性愛当事者」という中には、女性を性的指向に含むバイセクシュアルやパンセクシュアルの女性も含まれます。「女性の同性愛当事者=女性同性愛者、レズビアン」ではないことに留意してください。バイセクシュアルやパンセクシュアルも、周縁化されてしまいがちな属性です。

 

 

『ラブライブ!スーパースター!!』感想

以下、Mediumに上げた文章の転載です。


ラブライブ!スーパースター!』を観ての、ざっくりとした感想です。以前Twitterに上げたものを、加筆修正してみました。

ラブライブ!スーパースター!!』は、歴代ラブライブシリーズの中でも一番冷笑仕草と同性愛蔑視がキツくて反動的な作品だっという感想です。

以下、観ていて「これ反動的だな」と思ったシーンを抜粋。

・1期2話。生徒会長の葉月恋にスクールアイドル活動を禁止され、唐可可が抗議のために立ち上がる…

が、可可がデモや立て看で抗議する姿に対して冷笑的な描き方をしている。

(可可に対して冷ややかな眼差しを向けるのが主人公の澁谷かのんを通してなので、メタな視点で見ると大人によって子どもが分断されるというよりグロテスクな構造が明らかになっている感じ)

日本社会では現状の体制に不満を持ち声を上げる者に対して冷笑の眼差しが向けられがちなのだけど、この作品でもそれが踏襲されていた。

より露骨な冷笑しぐさが描かれていたのが1期7,8話

・音楽科と普通科で明らかに扱いが違う(校内で差別の問題がある)ことに対し普通科の生徒が抗議するシーン

抗議した側の生徒が厄介者として描かれているんですよね。

これは日本社会で、差別を訴えるマイノリティが厄介者扱いされやすい構図そのままだな、と。

また、この差別問題に関して作中で解決策として提示されていたのが「差別する側にも理由がある」というような締め括りも残念だった。

本編ラストで、本編強硬な態度で差別煽動の急先鋒に立っていた独裁者:葉月恋にも事情があったことがわかり、それまで彼女と対峙していた澁谷かのん、唐可可、嵐千砂都、平安名すみれが情にほだされ和解するというオチが描かれた。

これは非常に問題である。

(葉月恋は、差別問題を解消するという公約を掲げ生徒会長選挙に立候補したが、当選してからは公約を破り、独裁の色を強めていた。この時点で「独裁者」と形容しても問題は無いと思われる。また、普通科生徒にとっては「代表なくして統治なし」の原理原則が適用されていない状態だった)

差別は意図の問題ではない。

まず差別的な構造が社会にある。その社会の中で、差別的な制度や言葉が、どのように機能するかの問題である。

したがって、葉月恋にたとえどのような事情があろうと、普通科生徒への差別的な政策の数々は許されざるものなのである。

ただ、葉月恋が極悪人というわけではない。

差別意識は、この社会に生きる人間は誰もが内面化してしまっているもの。差別発言やマイクロアグレッションをしたことのない人間はいないだろうし、たとえば生徒会長など何らかの権力を身につければ、自分の差別的な振る舞いが周囲に与える影響は大きくなる。

その意味でも、葉月恋の今までの行いを個人的事情でなぁなぁに済ませるのではなく、きちんと「差別はダメだ」という原則に立って反省する描写が必要だったと思う。人は過ちをおかしたあとに、どのように反省するかが誠意を問われる場面だ。

「差別する側にも事情がある」というのは、わりと日本的な通俗道徳だとも感じる。

女子高校生を分断させる描写をえがき、その解決策として「(根本の社会構造は無視して)とにかく皆で仲良くしましょう」という唾棄すべき通俗道徳を出してくるあたり、制作陣が何を向いてアニメを政策しているかが分かりやすいのではないだろうか。

体制批判はせずに、個人の気の持ちようの話に終始する。

体制を批判する側が、厄介者扱いされる。

これがEテレで放送されたことも含めて、日本の支配体制のプロパガンダ作品のように見えてならない。

次、同性愛蔑視について

・1期9話(だったかな、うろ覚えゴメン)学校のPCでアダルトサイトを観てしまった登場人物がうろたえるが、そのアダルトサイトというのが女性二人の表象に「禁断の世界」と文字が入った扉絵のもの。

・2期7話。葉月恋と米女メイ(二人とも女子高校生という設定)が

付き合っているんじゃないか?と他のメンバー間で噂になるが、そのときに登場人物の1人である嵐千砂都が言ったセリフが「禁断の世界だ!」(ちぃちゃんにこんなこと言わすなよ、制作陣)女性同士が付き合っていたら「禁断の世界」って、今どきそんなのアリかよ…

で、こんな同性愛蔑視を垂れ流すアニメのエンディングが「百合いちごリレー」だし、公式CP扱いされるメンバーもいるんですよね。百合萌えは狙っておきながら「あくまでそれは禁断の世界だから…わかるよな? わきまえろよ?」みたいな扱いってクィアベイティングだよね…

また、この『ラブライブ!スーパースター‼』と放送年月の近い『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』を比較してみると、【日本社会でフンワリと消費されがちな”多様性” を意識してみたアニガサキ、その反動としてのスーパースター】といった構図が浮かぶ。