りんごのうえん

世の中のあれこれ、身の回りの出来事などについて、好き勝手書きます。

水商売哀歌/哀しきシャンパーヌ

水商売は、一にも二にも抜き物だ。

抜き物-それはワインやシャンパンといった、開けたら飲みきる酒のことだ。

栓を開けることから抜き物、と呼ばれたのであろう。

この抜き物、飲み切りでキープ出来ないために、水商売の店では短期売上増要員として非常に重宝される。

店のイベントで抜き物、ホステスにシュワシュワが飲みたいと言われ抜き物、ホストに売上に貢献しろと言われて抜き物だ。

ちなみにホストクラブでは、リシャールといったお高いブランデーも短期売上増員として徴兵される。

もはや抜き物が金になっているのだ。

 

ワインやシャンパンを作っている人たちは、まさか自分たちの作ったお酒が日本では金のように扱われ、大半は味わうこともなく消費されているなどと思うまい。

味わって飲むもののはずが、金に換わる物として、大量に消費されているのだ。

ワイン農家や酒造者の人が聞いたら泣くのではないか。

ホストクラブでなんか、ビンダといって、シャンパンの瓶ごと一気飲みするらしい。

そんな飲み方は、本来は想定されていないはずだ。

 

いくら酒が好きな者でも、毎日のように売上のためにワインやシャンパンを飲んでいたら、嫌にならないだろうか。

もうバブルもとっくにはじけたことだし、こんなアホな飲み方そろそろ止めないか。

シャンメリーなんてどうだろうか。アルコールを大量にガブ飲みするのは危ないから。

生活コストについて考えた

現在洗濯機が無い生活の苦労を書いた。次の引っ越しでは「室内洗濯機置き場」がある物件を狙っていることも。

引っ越しのためにも所得倍増が必要で、キャリアプランという名の「自分所得倍増計画」を構想中である。

所得が増えたら、どこに引っ越そうか。

コインランドリー哀歌

我が家には洗濯機置き場が無い。

よって、洗濯機も無い。当たり前と言えば当たり前だが。

東京23区内の駅近、各主要ターミナル駅までも電車で数分~30分圏内という好立地にしては破格の安さ、築ウン十年のボロ賃貸である。

最初は「洗濯機置き場が無いなら洗濯機を買う金が浮く!やった!」なんて思っていたが、浮かれた私が馬鹿だった。

 

【コインランドリー通いのデメリット】

その1,ランニングコストがかかる

洗濯の度に小銭が消えていくわけである。一ヶ月の洗濯代を計算したら、えらい出費だった。これ数年続けていたら、ちょっと良い全自動乾燥機付洗濯機が買えるぞ…。かといって洗濯をしないわけにはいかないしなあ。

 

その2,面倒

何たってこれに尽きる。コインランドリーまで遠いわけでは無いが、洗濯物を持ってコインランドリーまで行くのがまず面倒くさい。衣類、たとえ一枚一枚は軽くとも、溜まれば結構な重量だ。この重い荷物をえっちらおっちら運んで行って、洗濯が終わったらまた持って帰って来るのだ。濡れた衣類はもっと重くなるし、家に持ち帰って干すのも面倒、さらに干す場所が無いので、乾燥機にかけるのだが、全ての衣類が乾燥しきるわけではないので、乾きがイマイチな衣類は別途家で干している。乾燥機を使わなければ洗濯代はもっと安く上がるのだが、「濡れた衣類を重い思いをして運ぶ労力→その後家で干す労力→それ以前に室内に干す場所を作る労力」等を考えると、「その労力をカネで解決したほうがいい」という結論に至った。貧乏人の私にとって「労力をカネで解決する」ということは、苦渋の決断であり、泣いて馬借を切るようなものだが、背に腹は代えられぬ。そんな労力があったら今頃バリバリ働けていて、カネにも苦労していない。心身ともに脆弱なのだ。乾燥機は私のほんの少しの贅沢である。

あまりに洗濯物が溜まると、コインランドリーに持って行くのが大変な重さになるので「もう少しコインランドリーに行く頻度を増やそう」とは思うのだが、コインランドリーに行く頻度を増やすということは、それだけ出費が増えるということであり「少しの洗濯物でコインランドリーを使うなんて勿体ない。貯めてから行った方が経済的だ」などと思ったりもし、悩ましい。

更に梅雨時期に入り、雨足が酷いとコインランドリーにも行けなくなる。せっかく乾燥までした洗濯物がズブ濡れになってしまう。天気予報を見、雨の合間にコインランドリーに行く。しかし少しサボると、雨の中でもコインランドリーに行かなければならなくなってしまう。まこと洗濯物問題は頭の痛い問題である。

 

【夢】

そんな洗濯苦労人の私の夢は、「次の引っ越しでは洗濯機置き場のある家に住むこと」だ。出来れば全自動乾燥機付洗濯機ドラム式洗濯機という、ドラえもんのアイテムのような夢の道具も欲しい、願わくば。

 

 

そんな夢と野望と苦労を胸に秘め、私は今日もコインランドリーに通う。

 

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都議選

2017年の梅雨の時期、都議選が始まった。

気圧・寒暖の差で体調を崩し、ジメジメとした気怠い空気も相まって鬱々しく自宅で過ごす毎日の中、外出しなくても街頭演説や選挙カーの音が、築数十年のボロアパートの一部屋である我が家にも否応なしに飛び込んで来る。今や昼夜逆転の生活になっており、立て直したいと思いつつも昼間に惰眠を貪る民と化している私には、昼間の選挙活動の喧噪は鬱陶しく、「次に賃貸物件を探すときには、選挙時に煩くならなさそうな立地を選ぶのもアリかな」なんて考えたりする。

私が今まで賃貸物件を探す際に重視してきたのはまず交通の便を重視して、駅近。駅から徒歩3分圏内がベスト。そして治安を考え、細い路地道を入るような場所は避け、なるべく大きな通り沿い。しかし駅近の大通り沿いだと、どうしても喧噪は切っては切れないもの。今の場所はアパート前の大通りを数百mも行けば飲み屋街もあり、夜は酔っ払いも煩い。例えば「閑静な住宅街」といった、あまりに静かすぎる住環境も私にとっては鬱々としてしまうが、程度問題だろう。

しかしー次に引っ越す時に、今まで通りの選挙なんて期待できるのだろうかーと、ふと考える。安部首相は改憲を急いでいる。共謀罪も施行される。次に国政選挙がいつになるかは分からないが、その時に、はあちこちで政権批判をしている私は共謀罪でしょっ引かれて獄中に居るかもしれない。安部首相は9条に的を絞った改憲にするとしているが、自民党改憲案には基本的人権の大幅な制限や緊急事態要綱も盛り込まれていて油断ならない。

安保法案が強行採決された時にも「民主主義は死んだ」と言われた。共謀罪強行採決された時にも「民主主義は死んだ」と言われた。だが、今こうして都議選を迎える中、「投票権」は生きている。安部政権の暴走、政治の私物化ーそういったものに「NO」という民意を示すこと。そして、首都東京の政治の場に、堂々と自公政権に対抗できる議員を送り出すこと。これらはまだ、主権者である私たちの手に残されているのだ。民主主義はまだ死んでいない。死なせてなるものか。殺されてなるものか。

かつて投票権を得るために闘った人たちのことのことも考え、今日本が直面している事態を鑑み、一票の重みを胸に、選挙に行こう。

そして、共謀罪が施行されても、脅えて口を噤むことなく、堂々と自分の意見を主張し、闘って行きたい。共謀罪を廃案、もしくは変えるような法案を国政で提出してもらいたい。

そう考えを新たにする梅雨時期の都議選である。

鬱陶しい天気の後には、必ず爽やかな晴れの日が訪れると信じながら。

 

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求人誌を見ての所感と器用貧乏。

求人誌を見ていた。駅で貰ったフリーペーパーである。

その求人誌に記載されている時給の、あまりの安さに目が眩んだ。

東京都内で時給1,000円とかで、どうやって生活して行けというのだ。しかも大手の金融機関の事務などが時給1,100円とかだ。しかも私がよく利用している金融機関。ユーザーとしても、「そんな安い時給で雇って、個人情報とか大丈夫?」って心配になる。自分も昔は金融系で働いていたが、時給1,100円程度で金融機関のコンプライアンス等色々と厳しい事務なんかやってられない。

自分は発達障害などがあり、精神障害者手帳を持っているので、最近は障害者枠雇用の求人をよく見ていた。障害者枠の求人は、まあ安い給料の求人が多く、「障害者年金ありきの給料だろ。障害者年金だって貰えない場合もあるのに、障害者バカにしてんのか」って腹が立つ。

しかし私が今日見ていたのは、いわゆる一般の求人のフリーペーパー。

しかしだな。一般枠でも時給の安さ、障害者枠と大して変わらん。一瞬、「障害者枠の求人誌?」と錯覚した。

非正規雇用はかくも厳しい。

内需が冷え込むのは当たり前だ。労働者層が主な消費者層なのだから、労働者にカネと時間を与えねば、日本は潰れるばかりなり。

そりゃ経済的余裕も無くなって、判断能力も低下して、メルカリで「お魚のオブジェ」などを売ってしまう輩も出てしまうわけだ。

貧困は治安の悪化の一因でもある。その一端が、昨今メルカリで見られた「現金売りのイタチごっこ」であり、「お魚のオブジェ」なのではないだろうか。私はそんな風に感じた。

メルカリは私も一応アカウントを持っている。暇なときに眺めていると、「お魚のオブジェ」とまではいかなくても「こんな物まで売れちゃうの?」なんて商品がたくさんあって、面白い。

私も生活が楽では無いので、物を捨てるくらいならメルカリで売りたい。しかしあれは、売りたい物を写真に撮り、その商品の説明書きも自分で考え、買い手が決まれば梱包し発送…と、非常に手間がかかる。細かい性格の人でないとなかなか出来ない。

自他共に認めるズボラテキトーりんご人間の私には、なかなか難しい所業なのである。

その手間賃として、幾ばくかの小銭を得るか……小銭になりそうな物は家に色々とあるが……手間賃として見合う対価が得られるかどうか…。

うん。貧乏するにも、細かいことが得意な性格の人の方が、色々と得だ。手先が器用だったり、細かい事務手続きなどが苦にならない生活だと、節約も捗る。節約の参考に「主婦の友」や「オレンジページ」などを見ていたが、節約料理や節約工作などは、とても自分には出来そうにない。

髪を染めるのもネイルをするのも、自分で出来たら安上がりじゃないか。

「器用貧乏」などというが、私は器用な貧乏人になりたい。いや、欲を言えば金持ちになりたい。というわけで、温泉か石油でも掘り当てたい。

しかし金持ちになったら、ブログがつまらなくなりそうだ。そもそも私の文章が面白くない、という批判は別にして、金持ちのキラキラした生活なんか、誰が面白がって見るだろうか。フェイス●ック、お前だよ。なんてね。あれはいかに自分がリア充かアピールするSNSだ。インス●もそんな感じか。

昔は庶民的で面白かったエッセイストが、売れて金持ちになって、買い物自慢のエッセイとか書き出して面白くなくなったなあ。

ああ、しかし金は欲しい。金持ちになりたい。

とりあえず就労移行支援を頑張ろう。何か一儲けできそうなアイディアは、いつ何時でも考えている。

アレルギー

私は色々なアレルギー持ちである。

花粉はイネ、ブタクサ、ヨモギ、シラカバ、スギと、軒並み持っている。

他にも金属やら動物やらとアレルギーがある。

そんなアレルギーだが、今回特筆すべきは交差アレルギーについてだ。

「シラカバの花粉アレルギーがあると、バラ科の植物のアレルギーが出やすい」と聞いた。

ソースは無い。

りんごがバラ科の植物だったかも記憶が定かではない。

目の前の便利な箱ですぐに調べたら分かるはずだが、その労力を惜しんでこの記事を書いている。私はこういうダメ人間だ。

とにかくこの記事で言いたいのは、「りんごが好きだからと言ってりんごを食べ過ぎるとアレルギーが出やすくなるので、食べ過ぎないようにしよう」ということだ。

自身の前例として、メロンを食べ過ぎて既にメロンアレルギーになっている。幼少時、親戚がメロン農家をやっており、毎夏段ボールいっぱいにメロンが贈られて、毎日食べていた。

大人になり、自分でメロンを買うなどという贅沢な生活からは遠ざかっていたし、お中元やお歳暮でメロンが贈られてくるというような身分になったこともないが、ある日、誰かの結婚式か何かでメロンを食べたのだ。そしたら喉が痒くなった。

それ以来、メロン果肉、果汁、ペーストが少しでも入っているような食べ物ですらメロンアレルギーを起こすようになった。この前など、メロンペースト入りの少しお高めなメロンパンを食べてしまい、喉と口内の痒みで悶絶した。やはりメロンはダメだったようだ。

「りんごのうえん」と称した本ブログの最初の記事がメロンアレルギーの話がメインとなってしまった。しかしまあ、「この記事で言いたいことはりんごも好きなので食べ過ぎないようにしよう」ということで無理矢理締めて、記念すべき初投稿を終わりとする。以上。植木不比等でした。

 

【追記】りんごを食べ過ぎるとりんごアレルギーになる、というのは不確定情報である

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