りんごのうえん

反資本主義、反家父長制

KADOKAWAが出版中止した書籍を、産経新聞出版が再登場させようとしている

2024年1月24日にKADOKAWAから出版予定だったアビゲイル・シュライアーの著書『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』の日本語版『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が、2023年12月5日、突如販売中止となった。(※1)

発売中止を受けて、バックラッシュが起こった。
KADOKAWA ヘイト本」などのワードでインターネットを検索すると、反トランスの立場から「抗議で出版中止に追い込むのは言論弾圧である」などの論調で書かれた記事が目立つ。
そもそも、言論の自由とは国家権力からの自由であり、検閲を受けることなく思想を表明する自由のことであるはず。

社会で周縁化されている者への憎悪を扇動する本が、人民の抗議によって出版中止になったことを、あたかも「言論弾圧」であるかのように言うことは、社会構造を誤認識させてしまったり、マイノリティの立場からの抗議を萎縮させてしまったりしかねない。

この記事を執筆している2024年3月5日時点においてもなお、KADOKAWAは出版中止に至った経緯等の詳細を語っていない。
KADOKAWAが2023年12月5日に発表した 『学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ』(※2)というステートメントによると

 

来年1月24日の発売を予定しておりました書籍『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の刊行を中止いたします。

 

刊行の告知直後から、多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。

本書は、ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません。

 

皆様よりいただいたご意見のひとつひとつを真摯に受け止め、編集部としてこのテーマについて知見を積み重ねてまいります。

この度の件につきまして、重ねてお詫び申し上げます。

以上である。


どういった理由でKADOKAWAが出版中止を決めたのか、いまいち伝わってこない。
「刊行を中止いたします」ということ、「多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。」ということは書かれているが……。
トランスやノンバイナリーへの憎悪を煽動する言説においては「トランスパーソンやそのアライの者たちからの抗議が殺到したことによって出版中止に追い込まれた」というような図式が描かれてしまったようである。

 

本件については、ロマン優光さんが実話BUNKAオンラインで書かれていた指摘(※3)
がもっともだと感じたので、以下引用させていただく。

ああいう感じで発売中止にすることで、自称「保守」やトランスヘイターにキャンセルカルチャーだと騒ぐキッカケを与えたし、過程や背景を考えずに焚書などと言いだす雑な人は出てくるし、翻訳者は無駄な仕事をさせられたし、会社は損するし、いい加減な幕の引き方にしたって、ほどがあるだろう。

わたしは、KADOKAWAに対し、特に下記の点について説明を求めたいと思う。


・「ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと」考えていたようだが、欧米でのどのような事象を通して、どのような“議論” を深めたいと思ったのか

・2024年1月24日に発売予定だった書籍を、2023年12月5日になって急に取りやめたのは、どういった理由からか

以上、しっかりと説明していただきたい。

 

2024年3月4日。
KADOKAWAで販売中止になった本書籍を産経新聞出版が刊行すると発表(※3)
した。
(ちなみに産経新聞といえば、産経新聞といえば、バックラッシュの渦中にこんな記事(※4)やこんな記事(※5)などを出している。トランスやノンバイナリーへのヘイト発言が出てくるので、リンク先閲覧注意です。
どちらの記事も、奥原 慎平さんという記者が、千田有紀さんと島田洋一さんにそれぞれ話を伺うという形で書かれている。

今回、産経が刊行にあたって“あの“焚書”ついに発刊” という煽り文句を使ってきた。
人民の側からの抗議を、「焚書」という言葉を使って、あたかも権力者からの言論弾圧であるかのように言うことは、事実を誤認させる。

事実誤認と言えば、書籍の内容も、誤情報が多いようだ。医学博士のジャック・ターバン氏の指摘(※6)は、日本語で読める。
また、トランス当事者が書籍の問題点について語る動画(※7)も、YouTubeに上がっている。

2020年にアメリカで発売されて以降、取材対象の選定に偏りがあるのではないかといった指摘や、そもそもデータを読み違えているのではないかといった指摘が上がっているようだ。

著者のアビゲイル・シュライアーさんについては、こちら(※8)をご参照ください。

 

わたしは、マイノリティへの偏見や蔑視を強化し、憎悪を煽るような本は出版すべきではないと考えている。

日本では既に、中国や韓国、アイヌ被差別部落など、様々なマイノリティをターゲットにしたヘイト本が溢れてしまっている。
社会的に脆弱な立場に置かれた者への憎悪煽動は、ジェノサイドに繋がりかねない危険な道だ。社会が不安定になる。まず、なによりも、個々の尊厳が守られるべきだ。

憎悪がビジネスになってしまっている現状を、深く憂う。
いや、憂いてばかりはいられない。わたしたちの手で、憎悪の連鎖を断ち切ろう。
わたしたちならできると、信じている。

 

参考資料
(※1)2023年12月6日 OUT JAPAN
トランスジェンダー差別助長につながる書籍の刊行が中止に
https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/12/27.html



(※2)2023年12月5日 KADOKAWA
学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ
https://www.kadokawa.co.jp/topics/10952/

(※3)2023年12月8日 実話BUNKAオンライン
あの子もトランスジェンダーになった』発売中止騒動を考える:ロマン優光連載269
https://bunkaonline.jp/archives/3197

(※4)2023年12月6日 産経新聞 
ADOKAWAジェンダー本の刊行中止「抗議して委縮させるのは卑怯」 武蔵大の千田有紀教授
https://www.sankei.com/article/20231206-3KFCAMLHYJGPZLDG4UDXYPYAHM/

(※5)2023年12月9日 産経新聞
ADOKAWAジェンダー本中止「伝統社会切り崩す人の不都合な真実島田洋一
https://www.sankei.com/article/20231209-GKMAV23EWJD6TBJJPGGH2KQ5LY/

(※6)2023年12月25日 ハフポスト
KADOKAWA出版予定だった本の6つの問題。専門家は『あの子もトランスジェンダーになった』は誤情報に溢れていると指摘

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_65792b28e4b0fca7ad228fef

(※7)2020年9月13日 Ty Turner
Transphobic Book Targets Me & Other Trans Creators, LGBT YouTubers Promote It

https://youtu.be/B5kkg90rL1M?si=GSQKKUCydOedp9It

 

(※8)Updated: April 21, 2023 Abigail Shrier Wall Street Journal Opinion Columnist

https://glaad.org/gap/abigail-shrier/


【追記】
このような感想も、ネット上で見つけた。取り上げるつもりでいたにも関わらず失念してしまっていたので、ここにリンクを貼っておく。

このブログ主は、本書を読んだうえで

全体的には「昔は性の乱れがなくて良かった」というだけの話であって、その根拠は著者の主観である(なお著者はジャーナリストであり医者や、医学研究者ではない)。根拠となる注等にも専門書や論文は、ほとんど含まれておらず、様々な間違いが指摘されている。

 

 

と評している。

 

2023年12月6日  あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の内容について

https://note.com/nkaiho/n/n4db3fa22a2f0